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神戸地方裁判所 昭和58年(ワ)512号 判決 1985年10月30日

原告

二嶋久子

右訴訟代理人弁護士

藤田整治

被告

ワールド交易株式会社

右代表者代表取締役

鉄本正一

右訴訟代理人弁護士

福原道雄

右復代理人弁護士

服部廣志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金五五六万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年一月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、商品取引所における雑穀その他上場商品の売買及びその受託業務等を目的とする会社である。

2  原告は、昭和五七年八月二三日より、大阪砂糖取引所における精糖の商品取引を被告に継続的に委託していた。

3  被告の営業担当従業員である山家健二(以下山家という)は、同年一一月一七日、「メーカーが二〇〇円以下では売らないと協定した。協定はすでに昨日から実施されている。今朝の第一回の取引でもかなり値段が上がつている。これ以上待つと損が大きくなるばかりだ。損した分は必ずもどつてくる。」等申し述べて、精糖価格が確実に上昇する旨を原告に告げた。

4  山家は、右のように告げた際、精糖の価格上昇の見込がないことを認識していた。

5(一)  かりに山家が右認識を欠いていたとしても、同人には、価格上昇につき否定的な情報が客観的信頼性をもつときはこれを原告に告げる義務がある。

(二)  山家は、精糖価格の上昇につき否定的な情報があり、これが客観的信頼性をもつのに、原告に告げなかつた。

6  原告は右山家の言により価格が確実に上昇するものと考え、別表1のとおり取引を行なつた。

7  これにより、原告は別表2のとおり損失を蒙つた。

よつて、原告は、被告に対し、民法七一五条にもとづき、右損害金合計金五五六万六〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日以後である昭和五八年一月五日から右支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3、4の事実は否認する。

3  同5の(一)、(二)は争う。

山家は、価格上昇を予測する業界専門紙の情報を信頼性の高いものと判断したから、価格上昇につき否定的な情報があつてもこれを原告に告げなかつたものであり、同人の行為は被告の営業担当従業員の活動として社会的な許容範囲内にある。

4  同6、7の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2、6、7の事実は、当事者間に争いがない。

二同3について判断するに、<証拠>によれば、山家は、昭和五七年一一月一七日の朝出社して業界紙に目を通したところ、砂糖業界専門紙である「実業通信」に、「今週中に建値一九〇円達成、あくまで二〇〇円指向体制」という見出しで、精糖メーカー筋が近々一九〇円を土台にして二〇〇円を指向する姿勢で荷動きを待ちながらも、建値引上げを先行して現物相場の浮上を促進する動きを示しており、農林水産省にも、かゝる動きに理解を示したと受けとれる姿勢が認められる旨の記事が掲載されていたこと、この記事を重要視した山家は、直ちに顧客に順次架電し、この情報を伝えたこと、原告にも同日午前九時三五分ころに架電し、右記事の一部を読み上げるなどしてその内容を説明し、今後の見通しとして、「かなり強力なカルテルが結ばれる」、「将来的には二〇〇円以下の現物は市場からなくなつてしまう」旨述べたうえ、そうなれば損が大きくなるばかりだから、ここで手仕舞をする方がよいと助言したことが認められる。

(なお、同証人は、その日の精糖相場は、寄付きからジリ高だつたと記憶している、原告に架電し、現在値が上つていると言つたと思う、旨証言しているが、<証拠>によれば、当日の前場一節の相場は、前日の引け値より安くなつていることが明らかであるから、山家は当日の相場の動きを誤つて記憶していたために、法廷においても、原告に対して現在値が上つていると言つたと思う、と証言したものと考えられる。)

右認定事実に反する原告本人尋問の結果は、たやすく措信できない。

三同4の事実は、これを認めるに足りる証拠がない。

四同5について判断するに、被告の営業担当者には顧客に情報を提供するに際しては、社会的な許容範囲をこえた一方的な情報のみを告げてはならない義務があると考えられるが、価格の変動につき反対の予測をする情報があるときに一方の情報のみを伝えることが社会的な許容範囲内であるかどうかは、情報源の業界内における信用の程度、営業員の情報に対する信頼の程度等諸般の事情を考慮して決せられるべきであるところ、<証拠>を総合すれば、山家の得た価格上昇を予測する情報は砂糖業界専門紙「実業通信」の記事にもとづくものであること、山家は同紙の情報を砂糖に一番詳しいものとして重要視していたこと、他の顧客にも原告に伝えたのと相前後して同紙の情報を伝えていることが認められ、以上の事実に徴すれば、価格上昇を予測する情報の出所である「事業通信」の業界内における信用性が低いはずはなく、山家は営業員としての経験にもとづいてこの情報を強く信頼したことが認められるから、他に価格上昇につき否定的な情報が存在していたとしても、これを原告に告げず、価格上昇を予測する情報のみを伝えた山家の行為は、社会的許容範囲内にあると認められる。

五結論

よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官寺田幸雄)

別表一

昭和年月日

売・買の別

一枚あたりの値段(円)

数量(枚)

(イ)

五七・一〇・  七

一八四・〇

二〇

〃 一一・一七

一八九・二

(ロ)

五七・一〇・  七

一八三・八

一〇

〃 一一・一七

一八九・二

(ハ)

五七・一一・一七

一九〇・四

一〇

五八・  一・  五

一六九・三

(ニ)

五七・一一・一七

一八九・八

一〇

五八・  一・  五

一六九・三

別表二

(イ) 売買差金

金九三万六〇〇〇円

委託手数料

金一六万円

(ロ) 売買差金

金四八万六〇〇〇円

委託手数料

金八万円

(ハ) 売買差金

金一八九万九〇〇〇円

委託手数料

金八万円

(ニ) 売買差金

金一八四万五〇〇〇円

委託手数料

金八万円

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